never peak

2014年2月27日 もう4年も前のことだ 誰もが忘れてしまっている 勘の良いほんの少数の人たちが梅雨の明ける頃にふと思い返しているくらいだろう 「8」が世界から消えてから4年もの時が経った ほとんどの人間は認識すること無く人生を淡々と生きている でも気づいているのはきっと僕だけじゃない ただ誰も口にしない 皆静かに受け入れてじっと毎日を眺めている

無くても世界は噛み合って廻る

なにも「8」だけに限ったことではない 「ラムネ」や「匂い」、「昨日」や「重力」だって同じだ 太古の時代にmp3があっただろうか 風水があっただろうか 本当はこの輝く惑星にも名前はない 犬や猫がそれを知らないのと同じように

無くても世界は噛み合って廻る 僕に血が巡る限り

hoop

線路が軋む騒音と 窓のガムテープだけがやけにリアルで 滲む朝日は幻に見えた

どうせいつか消えてしまう この部屋の匂いも忘れるならと 君のアラームも止めた 

 

ねじ込まれたハイライトのフィルターと

褪せたピンクの灰皿を静かに眺めて

灰が落ちたら世界が終わらないかな なんて思った

 

午前四時のナンバーは 足りない心を優しく撫でて 二人を何処にも連れていかないままで

君の喉元のピアスだけが 音も無く煌めいていた

 

 

 

 

25歳

難しく考える必要なんてなかった 解くでも廻るでも無い 今迄見落としていただけ でも無く、前進でありたい 成長であり感性が一回り大きく あるいは歪に尖っていてくれ 2016年の5月2日だったろうか 新潟市のリオンズホテルで寝ずに迎えた朝、夜と陽の光が混ざって薄い水色に染まる地方の都市を黄色のタクシーが横切っていた その数時間後には女の子とのLINEが原因で修羅場を迎えたけどその日中に解決したっけ 「この女、誰?」なんて目覚ましは二度と聞きたくない 最近露骨に構ってくれないから寂しかったというクソみたいな理由だったな 「別に会おうとしてたわけじゃなくて本当に良い子だから友達としてというか妹として?みたいな感じだし本当にそういうやましいこととか全然無いんだって本当にただ話し相手だっただけだって」とひたすら説明していた タブーなことかもしれない でも筋は通っているつもりでいた なんだかんだで修羅は鎮まり昼過ぎに猪やのとんこつラーメンを食べた 食後にいかつい店長に歳を聞かれて21だと答えると若いと笑われた 新潟市はビルや背の高い建物が多くて広い川に架かる大きな橋や道路も広々としていて引き伸ばされた東京みたいだった 人は全然居ないのにコンクリートに囲まれていて近未来的な感じがした 春の柔らかい光もゆっくり流れる時間も喧嘩も匂いも空気も温度もMy Hair is Badの「戦争を知らない大人たち」が添って染みて残していた 筋の無い言葉の羅列は人生そのものだった 記録も記憶も既読も共感は要らなかった、神経衰弱をしてるんじゃない 肩並べて歌うサライ そんなままごとに付き合う必要なんて無い わかったフリも出る杭を見張る目も人生を豊かにはしてくれない どうせ死ぬから、1万年後には人間の命の跡形も残りやしないから、と心の底に予防線を張って生きても感情は死んでいった 食べる物でも観るものでも言葉遣いでも何でもいい 適当に過ぎる一瞬をどうせなら好きに塗り潰したい 執着とか執念とか信念とか せめて人生を共有する人たちの心をノックできるくらいの芯は持っていたい 憧れる人はみんなそんな人たちだから 臭いと煙たがれるくらいに心は焦がしなさい 

カプセル

死ぬほど眠いけど今日は書かなくてはならない 書き残しておかなきゃ 昨日、2年弱勤めた店舗が閉店し、今日の撤去作業で店はもぬけの殻になった 作業中は時間に追われていたのもあってひたすらにフル回転で体を動かした 怒涛の6連勤で睡眠不足と閉店セールに忙しい毎日は感傷に浸る間も無く、目の前の1分1秒を過ごすのに精一杯だった 一人、また一人と最終勤務を終えていくアルバイトスタッフ達とは別れの挨拶を交わしてもまた明日同じ職場で会うような気さえしたが 自分もこの閉店をいい機会として辞職することが決まっていたので最後の最後、上司陣に「しばらくお会いすることは無いと思います。長い間大変お世話になりました。ありがとうございました。」と自分の口で伝えた時 直後のそれぞれの優しい表情と言葉に言い表せない"終わり"を感じた なんだろうな 1人だけ長距離のバスを降りるような 既にお互いの道が別れていることの実感 全く思い入れなんて無いと思っていたが勘違いだったらしい 話がくどいエリア長も微妙な距離感の店長も 毎日少しづつ、2年と3ヶ月をかけて生活に刷り込まれていた じっくりかけられた催眠が急に解けても狼狽えない方法を教えてほしい 輪から外れて点になる感覚は何才になっても慣れない "長い間お世話になりました"なんて、言葉にすると圧倒的に短いたったの2年も自分にとっては長かったんだ 口にして初めて気づいた ストレスを生むことも泣く思いをしたこともあったけれど、初対面の人と話すことの楽しさも知ったのも、ブランドの展示会の経験も、人との繋がりがうまれる瞬間も、社会人の立場を知ったのも、友達に服を売る経験も、知人友人の来店に癒された気持ちも、一生で1番分かり合えた大切な人と出会えたのも、同棲した1年も、あの場所を通して日常があって、しっかりと自分の人生に組み込まれていた 振り返れば愛しく思えるのは間違いなく優しい人達のおかげだ これからは街であの小さいロゴを身に付ける人達を見かける度に懐かしい気持ちになるんだろうな 未練たらしくいつまでも浸るつもりはないけど 代わりに、あの小さいロゴを見かける度に思い出してもらえる存在になれていたら嬉しいなと思う

それでも過去を振り返る

出勤もロンTじゃ肌寒くなって 気がつけば11月も半ばで、今年も冬の始まりに立たされている 過信と言う名の都合のいい魔法が解けて呪いに変わった どこにも行ける気がしなくて何にもなれる気がしない アルカの裏にあるナニカみたいな得体の知れない影が足を地から浮かせてくる 大丈夫という呪文はゴーストタイプには唱えられない アウトプットが上手くできなくて頭の中が整理されない、撮り溜めたフィルムが小さい部屋に現像途中で散らばっている その下に大切で輝いて誰もが羨むようなものが埋もれている って信じていられた頃はまだよかった いつまで経っても何も手に入れられない気がして大切にしてきたものが気付かないうちに手の届かないところに行ってしまった気がしてなんだか、なんだか焦って足掻いて新しいものを探して今は諦めてしまった 駄文もさらに駄文になるし誰にもみられていないだろうって思ってもこの目はしっかり見ていて、逸らさない、許せない、誤魔化せない Twitterから消えていく仲の良かった友達も週末のInstagramもなんだか嫌で、

 

 

下書きはここまで綴られていて 2017年11月14日のものだった 僕はこの記事のもう続きを書けない なんでだと思う この日の自分はいないからだ 半年経った今 同じ気持ちにはなれないからだ 思い出してなんとなく綴ることはできる が それは蛇足以外の何でもない だってその日のその瞬間に燃えていた感情が全てじゃないか 書きたくて書いたものと書こうと思って書いたものは絶対的に違う 能動と衝動の違いだ 同じ理由でバンドの再録も嫌いだ リメイクも嫌いだ 音質が悪かろうが音が外れてようが音源にしたいという衝動に突き動かされて 納得するまで試行錯誤してこの世に産み落としたものの重みに魂を感じる 心は揺さぶられる 人間もそうだと思ってる 全てはタイミングで いざという時に巡らせて尖らせる為に生まれてきてからの今日までがある あのとき言えなかったけど実はさ…にはエンドロールで流れるNG集に近いものを感じる この瞬間が本番 あの時 も いつか も無い

 

あんたの人生あんたが王様

結局のところ僕らは誰かに愛されたいのだ あの子も、あの子も、あの子も、私も、愛されている証拠を抱きかかえてこの世に存在する価値があるのだという安心感に包まれて、全神経のスイッチをオフにして、幸せな気持ちのまま死んだように眠りにつきたいのだ それで今日が報われるじゃないか それで今日を報ってくれよ あげてよ あげるよ 僕ら何歳になってもきっと同じだよ 懐かしい記憶に現実を浸らせて人の想いに涙する 赤子だろうが老人になろうがいつかの日を忘れてしまっていようが3000年前だろうが3000年未来だろうが、人の心を動かすのは人の心だ そんなことは絶対忘れちゃいけない 好きなものを好きだと言って嫌いなものは相手にしない 妥協無しで作った今日は必ずあなたの未来を生かす