落日

いつものお兄さんが私の顔を見るなりWinstonの3ミリを手に取った。月に2.3回利用するだけなのにわざわざ銘柄を覚えていてもらえるのは嬉しい。

私はこのタバコしか吸えない。

数年前は四角く角もフチも尖ったパッケージで、CASTERという名前だった。少しだけ甘くて苦い味。名前が変わる前は白地の箱に小さいオレンジ系の丸が夕焼けのグラデーションのように3つ並んで印刷された、シンプルで喫煙者臭くない愛嬌のあるパッケージで、そこも好きなポイントだった。

大学の頃に好きだった人が吸っていて、煙草自体吸ったこともなかったけれどなんとなく真似をして同じ銘柄を吸い始めた。最初は慣れなくて煙臭くて苦かったけれど、いつのまにかルーツも忘れて自分の嗜好品になっていた。

あの人のこと、あんなに好きだったのに、LINEの返信ひとつまで気にしていた頃の感情を思い出せなくなってしまった。目を細めて遠くにピントを合わせるように脳みそを絞ってやっと「ああ、好きだったみたい」って まるで他人の日記でも読んでいるみたいに思い出す。

きっと、あなたも同じように記憶に沈んでいくんだろうね。会う度に緊張で落ち着かなかったこと、手を繋いでくれた夜のこと、初めてふたりで遠出したこと、帰りたくないって終電ギリギリまでベンチで話し込んだこと、歌声を気に入ってくれたこと、いつも先に酔ってしまって一度もあなたの酔った姿をみれなかったこと。きっと、今と、続く未来が毎日毎日重なって、あげたらキリがないくらいの大切な思い出たちを霞ませて鮮明さを蝕んでいくよ。

ただ、人生の一番暗い部分を明るく照らしてくれた人の事は、この先辛いことがある度に頭を過るはずだ。身を削るように燃えて滲む、オレンジ色の情緒的で儚くて美しい落日のような存在を、きっと私は死ぬまでに何度も思い出す。

 

20170831