エイプリル

懐かしい匂いがした 隣に座った女性の、まったりと鼻の奥に少し甘さが残る優しい匂い 柔軟剤なのかシャンプーなのかどのメーカーのなんて名前の香りなのか全くわからなかったけど、僕は全く同じ匂いをもっと近くで吸ったことがあった 乗り換えの駅に着くまで、隣から漂う匂いを頼りに記憶に在る人を漁った ひとりひとり顔を思い浮かべて、当時のことを思い出しながら照らし合わせてみてもしっくり来ない ただひとりこの人かもしれない、という人が浮かんだ いつかの春を一緒に過ごした人だった 長い黒髪と付けまつ毛 柔らかくてさらりとした肌 少し高そうな指輪 綺麗に照明を反射していた ネックレス 初任給で買ったのって言ったっけ、言ってないっけ 最後にくれたLINE 昨日はごめんね、頑張ってね ほとんどが厚い磨りガラスの向こう側に見える 昔みた夢で、長い間苦楽を共に過ごした人達のことをお互いに忘れさせられて、数年後に偶然全員が街中で居合わせるんだけど、みんな忘れているからお互い気づけなくて でもみんな自然に涙だけ溢れて それぞれなんで泣いてるかわからないんだけど切なくて、起きたら泣いていた そんな夢を見たことがあった あの時、きっと最後に残っていたのは匂いだったんだ